Will

その昔、『MayMerryMay』というゲームがありましてな……と言ってみたところで、知る人ぞ知る、の扱いでしょうか。
そんなゲームがありました。
再プレイには非常に気合を要するため、もう一度頭からやることはないでしょうが。
とまれ、プレイ直後に浮かんだそれ。
後に、紛うことなき正統なる続編『MayMerryMaybe』にて、ある意味で彼女の救いは描かれたのですが。
両作とも、繰り返しになりますがプレイには相当な気合を要します。
が、それに見合うだけのものはあると、そう言っておきます。


「恭平様」
「どうした、リース」
 リース。
 あれ以来、恭平様は私のことをそう呼ぶ。Pmfh-000002でも、βでもなく。
 リース。
 私の『名前』。
「お話があります」
「お前の方から、か。珍しいこともあるもんだな」
 茶化すようないつもの口調と裏腹に、ミラーシェードの奥の瞳は笑ってはいない。
「申し訳ありません」
「謝るようなことじゃない。それじゃ聞こうか」
「はい」
 話の切り出し方は幾通りもシミュレートしていた。けれど、どうしてもその答えは出なかった。
 分からない、という感覚。
 それは彼女と出逢ってから私の得た多くの物のうちの一つ。
「私を使って下さい」

『そういうときはね』
『はい』
『すなおにいうのがいちばんだよ、うん』
『そういうものでしょうか』
『そういうものです。そしたらね、ちゃんとわかってくれるもん!』

 いつかの会話。
 何の根拠も無く、けれど満面の笑顔で彼女はそう言い切った。
 だから私も――そう、私もそれを『信じて』みた。
「……あいつらと一緒にお前も行く、そう言ってるのか」
「はい」
 険しい表情の恭平様。その鋭い視線をしっかりと受け止めて私は答える。
「確かに、想定外の事態に対してあいつらがどうするかは完全に予測不可能だ。だがな」
「私はそれを……望んでいます」
 シミュレートされた結果は、そのような事態は99%ありえない、というものだった。
 しかし、ありえないとされたことは現に既に起こっている。
 レゥ。
 私の姉さん。
 起こりそうにない、ということと、起きない、ということは違う。
 どれだけ確率が低いとしても、私の出した答えはそこに行き着いた。
 望む――心のない私にその言葉は相応しくないけれど。
「……お前なら理想的なセーフティーバイスになれる、か」
「はい」
 そして、もう一つ。
「それに私は……」
「私は?」
「……レゥにもう一度会いたいと。そう考えています――家族として」
「言うようになったな、お前も」
 いつの間にかまたいつもの口調に戻っている恭平様。その視線もどこか優しげに見えた。
「私はレゥではありません。しかし、決してレゥのようになれないとも思っていません」
 たとえそれがどれほど小さな可能性であっても。
「オーケイ。どうせ止めても聞かないんだろう?」
「はい。それに恭平様は私の意向を聞いた以上、確実にそうされる方です」
「何故だ?」
「貴方は優しい人ですから」
「……」
 驚いているような、笑っているような、泣いているような、そんな複雑な表情――初めて見る――を、恭平様は見せた。
「分かった。皆には適当に理由をでっち上げておく」
 そう言って、私の頭をくしゃくしゃとなでてくれた。あの人が彼女にしていたように。
 さて、それじゃ作業に取りかからないとな、と言って去っていくその背中に。
「ありがとうございます、恭平様」
 ぴたりとその足が止まる。
「礼を言われるようなことじゃない」
 俺たちはただ、罪を背負い続けるだけさ、そう言い残して、あとは前を真っ直ぐに見て去って行った。
「……分かっています」
 だから私もその罪を。
「レゥ」
 彼女のために。


 周囲は慌ただしい喧噪に包まれている。
 それはそうだろう。『画期的な新システム』を組み込むレプリスの調整が始まろうとしているのだから。
『システム』
 その言葉の本当の意味を知らない者など一人もおらず、それ故に皆その言葉を使う。
 使い続ける。おそらく、最後まで。
 それが、偽善と言うべき私たちの罪。
「準備はいいか、リース」
「はい」
 この場合はどのような表情をするべきか、と考えながら、笑顔で答える。
「よし。じゃあ、またな」
「ええ、またいつか」
 それを別れの挨拶として、装置のシールドが下り、私はゆっくりと瞳を閉じる。
「――レゥ」
 いつか目覚める日がくることと、その日がやってこないことと。
 その両方を願いながら。