No Title

萃香好きなんですよね、という一応唯一の東方もの。
萃香に限らず、長老チームが好きなのですが。
うん、でも萃香の「在り方」がやはり一番。
先日の緋想天ではすっかり馴染んでいて、良き哉良き哉。


「ねー、なんか面白いことないのー」
 金色の夕陽が射し込む出窓に腰掛け、手にした瓢箪をもてあそびながら、心底つまらなそうに萃香が言う。足をぶらぶらとさせているその態度は、この館に似合わず無作法極まりない――が、それを咎めるべき咲夜はそうしない。
「ここにはあなたが面白がるようなことはありません」
 はたきをかけつつさらりと受け流すのみ。
 過去の経験から判っているのだ、言っても無駄だということが。ならば、それに伴う無駄な努力も時間も惜しい。館は限りなく広く、為すべきこともまた限りなく多い。完全に仕事をこなしてこそ従者に相応しい、とは彼女の持論である。
「じゃあ咲夜にはあるっていうの?」
 普段なら、つれない態度に文句を言いながらも持参した酒がなくなるまで居座って、ふと気がつけばいなくなっている――そんな少女が珍しく問で返してくる。
 ――しばらく宴会はおあずけでしたっけ。
 咲夜は手を止める。
 そうなのだ。
 先の騒動の主犯たる萃香は、ほどほどにしておけと釘をさされている身なのだ。ほどほど、という辺り、結局誰も彼もが宴会好きなことに違いはないのだが、ともあれ律儀にそれは守られている。
 なんとなれば、約束とは守るものだから。
 彼女にとって、それは契約と同義だ。
「ありますよ」
 そんなことを考えながら、やはりさらりと答を返す。
「へぇ。咲夜って、いつ見ても小間使いみたいなことばかりしているけど」
「だから、それです」
「……それ?」
「ええ」
 なにしろ、自分こそはその小間使いなのだから。そう咲夜は誇る。
 仕えるべき主人と、果たすべき仕事。
 それを楽しいと言わずして、なにを楽しいと言うのか、と。
「ちっとも楽しそうじゃないんだけど」
「あなたは私じゃありませんから」
 楽しいこと、それはつまり夢の形だ。己の望んだ夢の現実化こそ、楽しいことに他ならない。
 そして、百万の住人がいれば、百万の夢がある。想いの形はそれぞれだ。
「探してみたらどうですか、あなたの夢の形を」
 言うわね、と。萃香の眼光が鋭くなる。
 そこにあるのは、『鬼』の瞳だ。
「百万の想い、夢を萃めるこの私に、人間が」
「人間だから、です」
 けれど、咲夜は動じない。なにごとにも完全であってこその従者だ。
「時を操る程度の能力があったとしても、人間の一生は刹那の時間。その中で、探し見つけそれを叶える。この速度は私たち以外には持ち得ないものです」
 飽いている暇などどこにもない。時の流れを永久に止める術は存在しないのだから――それこそ幽霊にでもならない限り。
「誰かのものではない、あなた自身の夢。探してみるのも『楽しい』かもしれませんよ」
 あなたもこれから『幻想郷の住人』として生きていくなら。
 それは語られざる咲夜の想い。いかに齢を重ねた鬼であれども、萃香にとってここでの暮らしはまだ始まったばかりだ。
「――ふうん」
 とん、と床に降り立つ萃香。その表情は、すでに普段通りのそれ。
「人間はみんなそんなふうにして生きているの?」
「ええ、おおむね」
霊夢魔理沙も?」
「ですから、おおむね」
「……そう」
「詳しくは本人にでも聞いて下さい。私はお嬢様以外の方にはそれほど興味がありませんから」
 お嬢様、という単語にぴくりと反応する萃香。『鬼』同士、いろいろ思うところがある……と言うか、会うたびに舌戦を繰り広げている二人なのだが、咲夜は気づかないふりをする。ときにはなにかをあえて見逃すことも、従者にとって大事な項目なのだ。
「咲夜はどうしてアイツに仕えているの?」
「あなたも仕えるべき主人を見つければ判ります」
 なにかを語らないことも、また同様。萃香萃香で明確な回答を期待していたわけではないらしく、再び、そう、と呟くのみ。
「じゃあそろそろ行くわ」
 言った姿が薄まるようにして広がり、そして消える。
 いつのまにか陽が落ちた窓の向こう、今宵の幻想郷を覆う彼女はなにを見つけるのだろうか、そんなことを考えてから、口を開く咲夜。
「お嬢様らしくありませんね。隠れたままなんて」
「あら、気づいてたんだ」
 にやにやと笑いながら部屋に入ってきたのは、彼女の主人たる紅い吸血鬼だ。
「彼女も気づいてましたよ、たぶん。それで、いかがでした?」
 大方萃香への対応でも見ていたのだろうと問う従者に、主は微笑む。
「及第点かしら。でもあれじゃちょっと優しすぎるんじゃない?」
「お客様ですから」
「……客? アレがそうなら他の連中もそうだってことになるんだけど」
「彼女は誠実なんですよ」
 来てほしくないと言った時間にはやってこない。
 してほしくないと言ったことはやらない。
 約束の上に則って存在する鬼という種族は、本質的に誠実だ。にもかかわらず見られる不作法な部分は、その気質のせいだろう、と咲夜は大目に見ている。いずれ折を見て修正していかなくては、とも思っているが。
「そう、まあいいわ。ところで咲夜、一つ聞きたいんだけど」
「なんでしょう」
 にやりと笑ってレミリアは尋ねる。
「どうしてあなたは私に仕えているのかしら」
「決まってるじゃないですか」
 毅然と咲夜は答える。
「私がお嬢様のこと、大好きだからです」
 十全の解答。
「私も大好きよ、咲夜」
「ありがとうございます」
 どちらともなく発した笑い声が重なり、静かに辺りに響きあう。そうやって、紅魔館の夜は更けて――否、今日も始まるのだ。